戦後、ニューヨーク・フィルの音楽顧問を務めるなど欧米で精力的に活躍を続けたが、1958年に心臓発作で倒れてしばらく休養。1960年暮れにロスアンジェルス・フィルの演奏会で当時新進気鋭のヴァン・クライバーンと共演し、演奏会から引退した。80歳を越えた晩年のワルターは米国は西海岸で隠遁生活送っていたが、米コロンビア社の若き俊英プロデューサー・ジョン・マックルーアに説得されドイツ物中心にステレオ録音開始するのは1960年から。ステレオによるワルター/コロンビア響のベートーヴェン全集は当時、予約限定盤で番号もない特殊なLPで発売され、雑誌の批評も掲載されませんでした。
ここでのワルターはウィーン時代とはまるで趣の異なったスタイルを披露しており、全体の運びが非常にエネルギッシュで推進力に富んでいます。流浪の人生を歩んだ大指揮者が、ダイナミズムと洗練、硬軟緩急自在に操り、年齢を感じさせないヴィヴィッドで、未だ色褪せない感動的な記録です。勿論、リズムの絶妙な進行という点では確かにワルターの演奏であり、古きよき時代のヨーロッパの香りを存分に感じ取ることが出来るのですが、戦前の演奏をSP盤で聴いてしまうとニューヨーク・フィル時代、ステレオ時代のワルターは別人に思えてしまうのです。コロンビア交響楽団時代がなければ埋もれた指揮者に成ったかもしれないが、ワルターの変容ぶりには戸惑わされる。
ブルーノ・ワルターが送ってきた人生を現代冷静に振り返れば見えてくる解釈。ワルター渾身の力と溢れんばかりの愛情に支えられた演奏はまさに比類がありません。「苦悩」を音化することにかけてはおそらく随一であろうベートーヴェンの交響曲にしても、特に最晩年に自身の録音用オーケストラとして編成されたコロンビア交響楽団とのステレオ録音は、最小限の編成による演奏ということもあるのだろう、音響は透明度が高く、そして音楽は愛らしく時に崇高で、聴いていて甚だ幸せな気分にさせてくれる。劇的とは違うベト7ですが、リズムの扱いや音楽的解釈に晩年のワルターの深い音楽性をかいま見ることの出来る名盤である。終楽章アレグロ・コン・ブリオにおける一気呵成のテンポと金管の強調は、あくまで冷静に音楽を作り上げる老練の響きが充溢しており、とても安心感がある。
1958年2月1、3、12日ハリウッド、アメリカン・リージョン・ホール、ジョン・マックルーアによる優秀録音、名演、名盤。