交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》の冒頭
Richard Georg Strauss/Till Eulenspiegels lustige Streiche
「私が今まで長生きしていることは偶然に過ぎない… 私がいなくなっても、花は咲き続けるよ」と言い残したリヒャルト・シュトラウスの音楽は彼自身の演奏が録音と映像で残っている。インターネット上で数多く、それに触れることが出来る。当時はSPレコードの時代で、盤面一面で最長5分程度。映像用のフィルムも10分ぐらいが限度ではなかったかしら。リヒャルト・シュトラウスが、それを念頭に指揮、作曲に反映させているように感じている。さて彼の一見謙虚な言葉遣いでありながら、自信たっぷりの発言が好きで、わたしはリヒャルト・シュトラウスに心酔している。
三浦友理枝さんのシマノフスキに対する熱い思いが語られたきらクラ、シマノフスキは、オーケストレーションや和声がリヒャルト・シュトラウスの影響下にあった作曲家。 ― それが、今回のきらクラDONの出題につながっているんじゃないかと、密かにわたしは分析している。
出題には、ブロムシュテット盤が使われた。この録音は、ドレスデン、ルカ教会に響き渡るいぶし銀のふくよかなシュターツカペレ・サウンドとオーケストラ団員に自由に演奏させている伸び伸びした好演が楽しめる。弦楽器の序奏の後、放送でも熱心に説明されていた『入りが分かりにくいホルン』で主人公のティルが登場する。この冒頭のペーター・ダムのホルンソロが上手すぎ。上手すぎてちょっとホルンには聞こえない。豊かな残響を存分に活かした緻密で温かみのある録音が楽曲を聴き始めるのには最高に相応しい。
さて、指揮者としてのリヒャルト・シュトラウスに太鼓判を押されたカラヤンの録音盤が、わたしにとっては最高のリファレンス。1960年代のウィーン・フィルと録音した Decca 盤よりも、ベルリン・フィルと録音した Deutsche Grammophon 盤が好き。あくまで個人的趣向です。カラヤンの全盛時代とも言える1972年12月と1973年1月に収録したこれらの音源は、リヒャルト・シュトラウスの音源の定番として、LP 時代から最高の演奏として位置づけられてきました。半世紀近くたった今でも他の演奏を凌駕していると信じている恐るべき演奏です。
収録会場のベルリンにあるイエス・キリスト教会は豊かな残響が評判で、カラヤンは、ここでの収録にこだわってきた時期がありました。各パートの分離も良く、それぞれの音が明確に届いてきます。
交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》 作品28は、愛らしい分かり易い描写が伝わってきます。いたずらっ子のティルが仕出かす行動を音で表すという物語性が生き生きと感じられる演奏でした。カラヤンの演奏した曲目の多さは群を抜いています。どんなレパートリーでも美しく華麗な演奏に仕上げる技の匠と言えるでしょう。
ブロムシュテット盤と、カラヤン指揮ベルリン・フィル盤は、優れた録音場所での豊かな残響を伴ったふくよかな演奏を聴かせてくれます。それは演奏者にとっては内心に宿るものがあったはずですが、第二次世界大戦中に生まれた音楽とは思えない、楽しめる内容です。そして、アプローチが両者は対極にあることも一言くわえておきます。
リヒャルト・シュトラウス(1864.6.11 〜 1949.9.8、ドイツ) ミュンヘンの宮廷楽団のホルン奏者を父として生まれた。はやくから音楽に親しみ、21歳でビューローのもとでマイニンゲンの宮廷音楽監督と成ったのを振り出しに、各地の指揮者を歴任した。22歳で最初の交響詩《ドン・ファン》を書き、マーラーに認められた。彼は交響詩に創作意欲を燃やし多数の力作を書いたが、彼の交響詩はリストのそれをさらに発展させたもので自由な構成と多彩なオーケストレーション、新しい技法を駆使した描写力の優れたものとなっている。代表作には、《死と浄化》、《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》、《ドン・キホーテ》、《英雄の生涯》等が有る。他には《アルプス交響曲》が有名。また歌劇にも力を注ぎ、《サロメ》や《バラの騎士》は傑作としてよく上演される。