「クラシック音楽専科ガイド」
オリジナル稀少盤、アナログ・レコード優秀録音盤のアナログサウンド! 

1960年代、70年代、80年代までのクラシック音楽のアナログLPレコードの、欧米で発売された当時の『オリジナル盤』初版盤、レアなレコードぞろい。優秀録音と評価の高い録音をメインにコンディションの良いものを案内しています。


2019年08月26日

然るに!見よ、ティボーは弾き続けたのである◉熊本人が目を見張った 実際に聞いてみたかったとされる演奏家を当時の音で聴く。

愛奏したストラディヴァリウスも彼と命運をともにしたので、今では夢まぼろし。伝説を知るほどにティボーの音に接したくなる。

蓄音器を楽しむ会 昭和11年6月。九州中部のささやかな城下町に、時ならぬ大看板が立った。ヴァイオリンの巨匠・ティボー来る!
 第一級演奏家の来朝は中央でもまれであった当時、地方都市でいながらにティボーが聞けるとは、望外の好運である。すでにビクターの赤盤で彼の魅力に取り憑かれていた私は、文字通り雀躍(じゃくやく)した。
 ここでぜひとも、当夜の演奏会場について触れておかねばならぬ。地方都市のホールの貧相さは今も大して変りはないが、そのおりの会場は、なんと、町の歌舞伎小屋であった。引き幕に両花道、階上階下総タタミ敷という、まことに大時代の日本建築。ここで西欧一流の演奏技術を聞こうというのだから、およそ和洋折衷を絵にかいたようなもの。花のパリから遠来の巨匠に対して気恥ずかしいことおびただしかったが、それでも、まさかあれほどの椿事(ちんじ)が突発しようとはつゆ知らず、押し寄せた聴衆で会場はたちまち満員となった。
 さて、いよいよティボーの登場である。曲目はヴィタリーのシャコンヌ、モーツァルトのトルコ協奏曲、ラロのスペイン交響曲と、望みうる最上のプログラムだ。鳴りわたるストラディヴァリ。G弦の雄渾、E弦の洗練、満場ただひたすらに、ティボーの醸し出す古典の美酒に酔いしれた。
 驚天動地の大椿事は、まさにこの陶酔のさなかに起った。プログラムは進んで、モーツァルトのアダジオに入ったあたりでもあったろうか。水を打ったような会場に、異様な雑音が流れこみ始めた。遠雷のごとき太鼓の轟きと、多人数の喚声である。場外の道路のかなたから、その物音は起った。はじめは微かに、しかし確実に音量を増して、クレッシェンドに近づいてくる。ハテ、と小首をかしげた瞬間、私はその雑音の正体に気付いて、思わずあっとなった。
 この町は、加藤清正の昔より、人も知る日蓮宗総本山の巨刹(きょさつ)を有している。その宗門の行事に、雨乞いというものがある。夏季、旱天ともなれば、大勢の僧侶信徒が集結して慈雨を祈願し、一団となって市中を行進する。手に手に団扇太鼓を打ち鳴らし、高らかに南無妙法蓮華経を合唱しながら町々を練り歩くのである。思うに、その年当地は空梅雨であったらしい。いま会場前の道路にさしかかったのは、このすさまじき大音響を発する雨乞い部隊の行列であるに紛れもなかった。
 聴衆は動揺した。なにしろ前述のとおり、隙間だらけの芝居小屋である。防音装置もヘチマもない。寸刻も早く主催者側で、この一隊の通過を阻止せねば、と焦慮(しょうりょ)する暇もあらばこそ、呪うべき〈南国のリズム〉は容赦もなく近づき、乱入し、ついに耳を覆わんばかりのff(フォルテシモ)に達した。ティボーもさすがに驚いて、正面入口あたりを、ハッタと睨みつけた。もう駄目だ!
 冷汗三斗(れいかんさんと)どころではない。私は目の前が真っ暗になった。当然、ティボーは憤然として演奏を中止するだろう。誇り高き天下の名匠、なによりもエレガンな雰囲気を生命とする生粋のパリジャンである。こんな原始的な雑音に蹂躙(じゅうりん)されて演奏が続行できるか、会は即刻打ち切り、音楽家は席を蹴って退場 ―ー するに違いないと、私は観念の目を閉じた。

 しかるに!見よ、ティボーは弾きつづけたのである。

 一瞬の激昂(げっこう)から、彼はすぐさま立ち直った。騒音の遠ざかるにつれて、コンディションの乱れを懸命に克服した。この不幸な事故は聴衆の責でない、彼らは終始熱烈に音楽を享受しているのだ。彼はそう達観したに違いない。予定のプロをみな弾いた。幾つかのアンコールすら、鄭重(ていちょう)に応えた。この夜、私たちの感動と、ティボーに与えた賞賛が爆発的であったのは、三十年をけみした今日、いまだ記憶になまなましい。


 昨今は、スーパー・アーティストは東京や大阪など大都会、せいぜい福岡でコンサートを開くくらいです。それでも九州新幹線が通った現在は福岡にコンサートを観に行くのは大変ではなくなりましたが、戦争前の日本にはヨーロッパの大演奏家が、多く来日しています。そして、地方都市でも数多く演奏会を開きました。ジャック・ティボー( Jacques Thibaud, 1880-1953)の初来日は1923年、大正時代です。そして戦争前の1936年、二度目の来日を果たしています。
 その訪日時に熊本公演を行い、『藝術新潮』1965年7月号に上村健一さんという、当時熊本在住の公務員が演奏会での出来事を書かれたのが上記文章です。

 戦前の熊本には多くの芝居小屋、映画館が有りました。その全てが昭和20年7月1日の熊本大空襲で焼け野原になります。深夜、B29爆撃機154機の執拗な消費弾爆撃は2時間に及びました。遠くから熊本市内を見た高齢者の話では、まるで花火のようだったといいます。戦後の新市街には面影も残っていませんが、蓄音器の会会員に当時を思い出していただくと「旭座』という芝居小屋があったと名前が出てきました。

 この一文に『町の歌舞伎小屋』と出てくるのは、旭座だったのでしょうか。『引き幕に両花道、階上階下総タタミ敷』ということは一階、二階に客席があると想像つきますから、映画館だったかもしれません。その当時の映画館では、フィルムを交換する合間に演芸などが挟まれました。

 昭和40年を迎え、戦争前を回想。出来事をリアルに覚えていらっしゃったのですね。1965年に発表されたものだと、三十年をけみした今日、に驚きます。まるで、数日前の出来事を手記したかのように場面がしっかり浮かびます。

 この上村健一さんが、勧業館に昭和36年から熊本博物館があった時代の館長さんと同一か他人かは知りませんが、わたし達の蓄音器の会の前身になったのが昭和44年に上村館長が始められた『SPレコード・コンサート』。わたしたちはそれを引き継ぎ、昭和63年5月に第1回が始まってから、毎月欠かすことなく続き、平成16年12月で第200回を迎えました。最後は第299回で、300回記念を前に熊本博物館が大改修に入ったので、現在は細工町の五福まちづくり交流センターで毎月第4日曜日に行っています。

 今月は9月29日の午後に第12回目の、鑑賞会を開くべく準備中です。参加自由、参加費無料イベントですが、支援、応援お願いします。

(ご案内)
期日
令和元年年9月29日(第5日曜) P.M. 1:15〜
場所
熊本市手取本町 鶴屋百貨店東館3F クラシックサロン
(予定曲)
未定
参加者が持参したレコード、CD、ハイレゾ音源

蓄音機の会会員募集中

このレコードを聴いてみたい、レコードはもってるけど蓄音機がないので聴くことが出来ない、そういうレコードはいつでもご持参ください。数曲は時間のゆとりが取ってあります。
あなたの自慢のレコード、大好きな曲の思い出を教えて下さい。どうぞ、クラシックでもジャズでも、歌謡曲でも、レコードを掛けて解説をしたいという申し出も期待しています。

参加希望や問い合わせといった詳しくは「熊本ふるまち de 蓄音器で楽しむかい」へ http://amadeusrecord.info
 


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https://fm-woodstock.com

通販サイトで毎日入荷、販売しています。

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