ウィーン・フィルの名コンマス、ボスコフスキー没 ― 1991年4月21日 元旦に、ウィーン・フィルが楽友協会ホールで開く「ニューイヤー・コンサート」は、世界一有名な演奏会。その立役者が、ウィーン・フィルのコンサート・マスターとして、音楽の都を象徴する活躍を繰り広げたヴィリー・ボスコフスキー(1909〜1991)である。彼は1955年から79年まで「ニューイヤー・コンサート」の顔となり、ヴァイオリンを弾きながらオーケストラを指揮するヨハン・シュトラウス父子のスタイルを再現して人気を博した。 気さくな人柄で日本人にも愛されたボスコフスキーの命日の音楽は、湿っぽくないほうがいい。それならば、今も「ニューイヤー・コンサート」の締めくくりに演奏される〝ワルツの父〟ヨハン・シュトラウス1世の《ラデツキー行進曲》(1848年初演)。ハンガリーの将軍ラデツキー伯爵の凱旋祝賀演奏会のために書かれた、トルコの軍楽を思わせる勇壮なマーチだ。楽友協会の聴衆になった気分で、手拍子をしながら聴こう。 ヨハン・シュトラウス 2世:管弦楽作品全集(52枚組)UNKNOWNNaxos2011-06-15 Johann Strauss(父 1804.3.14 〜 1849.9.25、オーストリア) (子 1825.10.25 〜 1899.6.3、オーストリア)父ヨハンは〝ワルツの父〟、子のヨハンは〝ワルツ王〟と呼ばれている。父子とも実用的な舞踏音楽であるウィンナ・ワルツの基礎を築いた作曲家として名高い。当時、ウィンナ・ワルツはメッテルニッヒの専制政治下における社会不安のもとで、大流行した。父ヨハンは「アンネン・ポルカ」、「ラデツキー行進曲」など250曲にのぼる作品を作曲し、子ヨハンは父が確立したウィンナ・ワルツをいっそう洗練させ、芸術性を盛り込んだ500曲におよぶ作品を書いた。「美しく青きドナウ」、「ウィーンの森の物語」、「皇帝円舞曲」などのワルツのほか、「こうもり」、「ジプシー男爵」など16曲のオペレッタを作曲している。この一家は全部音楽家で、次男ヨーゼフも、三男エドゥアルトも作曲家兼指揮者であった。